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大阪高等裁判所 昭和37年(ラ)136号 決定

抗告人 大壮電機株式会社

右代表者代表取締役 橋爪研一

右代理人弁護士 津田勍

池田勝麿

藤田良昭

相手方 水島勇

主文

原決定を取り消す。

相手方の異議申立てを却下する。

抗告ならびに申立費用は相手方の負担とする。

理由

一、抗告人は主文同旨の裁判を求めた。抗告理由は別紙記載のとおりである。

二、本件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  抗告人は昭和三六年九月三〇日当時相手方が代表取締役をしていた花園電機工業株式会社に対し売掛代金債権一、八〇〇、〇〇〇円余を有していた。同会社が営業不振でその取立てが困難であつたので、抗告人は同日会社に対し右債務のうち二八〇、〇〇〇円余を免除し、相手方は右残債務一、五二〇、〇〇〇円につき連帯保証をすることを約し、これを証する支払約定書を作成して抗告人に交付することになつた。

(二)  同年一〇月二日、右趣旨の同年九月三〇日付支払約定書(疏甲第一号証)の交付を受けるにあたつて、抗告人は相手方に対し左の文言の書面(疏甲第二号証)を差し入れた。

誓約書

昭和三十六年九月三十日付大壮電機KK一金壱百五拾弐万円也の支払約定書の件に付き家屋及土地の競売及び第三者に口外せぬ事を誓約致します。

大壮電機株式会社

代表取締役 橋爪研一

昭和三十六年十月二日

花園電機

水島勇殿

(三)  抗告人は昭和三六年一〇月一日抗告人の相手方に対する右一、五二〇、〇〇〇円の債権のうち金六〇〇、〇〇〇円を被保全債権として大阪地方裁判所より同庁昭和三六年(ヨ)第二、五三五号不動産仮差押決定の発付を受け、その頃これに基づいて相手方所有の原決定添付目録記載の本件家屋に対し仮差押えの執行をした。

三、右疏甲第二号証の誓約書の差入れの事情について、相手方は「昭和三六年一〇月二日に相手方に対する一債権者である抗告人に対してのみ個人保証をすることはできがたいと述べて支払約定書の交付を拒んでいた際に抗告人から差し入れてもらうことになつたのである。誓約書を作成してもらうにあたつては、自己の個人財産である土地建物が競売に付されるようなことがあつては困るので、相手方自身が処分するかあるいは他の方法で債務を弁済するからという相手方の申入れを被告人が容れたのである。差押えあるいは仮差押えの段階まではしてもらつてもよいなどのことの合意はなされなかつた。」と陳述している(原審での審尋の結果)。一方抗告人の代表者は「相手方に支払約定書の交付を求めた際相手方は花園電機工業株式会社が倒産すると債権者から相手方の土地家屋の競売をせまられるのでもう少し交付を待つてくれというのに対し、抗告人の方で差し入れたものである。相手方の土地家屋は見積つたところ一、〇〇〇万円はあり、その資産によつて弁済を受けるつもりであつた。誓約書で家屋および土地の競売をせぬことを誓約するといつているのは、抗告人が相手方の土地家屋についてその換価手続を差し控えるという意味で抗告人のために債務名義を得ることはもちろん、差押えおよび仮差押え等抗告人の財産の保全行為までは許されると考えていた。」と陳述している(原審での審尋の結果)。

四、前記二に認めた事実および三に摘示した各審尋の結果その他本件の疏明証拠によつても、抗告人は相手方との間に、相手方所有の不動産に対し、強制競売手続をしない旨の合意をしたことが認められるにとどまるのであつて、両者間には仮差押えをしない旨の合意(ならびにその事前又は事後の必要処置としての訴えについてこれをしない旨の合意)の存することは認められない。およそ、強制競売は、金銭債権の実現のために債務者所有の不動産を、差し押えて売却し、その代金を金銭債権の弁済にあてることを目的とする執行手続であるに対し、仮差押えは、金銭債権について、その将来の執行を保全するため、債務者所有の財産について差押えをするだけで、その終局的な実現を目的としないところの執行保全手続である。両手続の詳細は別として、両者間に右根本的区別が存し、後者には換価処分が伴わないものであることについては、近年一般の権利意識の向上、法的知識の普及には相当顕著なものがあり、強制執行や仮差押手続の利用度からみて、すでに通常社会人の常識的理解の範囲内にあるといいうるであろう。また「競売」の語は、その広義では、私競売を除外すれば、強制執行手続のみならず競売法による競売や国税徴収法による公売処分をも指称する。常識的にもそうである。「競売」といえば、強制競売手続と仮差押手続とを含む意味に使用されているということはない。一方「執行」は広義では本執行と保全執行の両者を包含するし、「差押え」は債務者の処分権を奪う処分であつて、本執行手続にも仮差押手続にも存する。加うるに、一般に、強制執行をしない旨の合意は、債務者がその所有財産を失うまいとして、もしくは安価に処分されるのを防ぐため、かつそれが債権者の利益にも適合するときになされるものであるが、時期的には執行の開始前に限らず、その開始後差押えの段階においてなされる事例も稀でない。かような事情にかんがみるときは、本件当事者が「執行」とか「差押え」とかの文言を用いず「競売」の語をもつてしたのは、強制競売の申立てから差押え、換価配当に至るまでの一連の手続の全部もしくは、少なくともその一部たる換価手続のみを行なわない旨の合意(そのいずれであるかは明らかでない)を表現する趣旨に出たものであつて、換価を目的としない仮差押手続はこれを除外する意図であると解するのが、もつともよく、文言と当事者の合理的意思に合致するものというべきである。前記のように、執行制限契約をするに至つた経緯とその趣旨の受取り方に抗告人と相手方の審尋の結果には多少の微妙な差異の存するものがあるが、いずれにせよ、右認定判断を左右するに足りない。

五、そうだとすると、抗告人の本件仮差押の執行は執行制限契約に反するところなく適法であつて、相手方の右仮差押の執行方法に関する異議申立ては理由がないから、これを却下すべきである。これと異なる原決定は不当である。

よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八六条、第九六条、第八九条、を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長判事 平峯隆 判事 大江健次郎 北後陽三)

〈以下省略〉

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